今から40年も昔の話である。
ある日父親から「もうダメだから後は頼む」と事後を託された。
私は思わず気の弱いことを言わないで頑張れと言ってしまった。
父は途端に不機嫌になり黙り込んだ。
それから数日後に父は逝った。
しばらくして、私はこの時のことを思い出した。
果たして、死に直面した患者に「頑張れ」は、ふさわしい言葉だったのか、どのように声かけをすべきであったか自問自答したのである。
しかし、私には答えがなかなか見つからなかった。
それから数年後、偶然出会った人から素晴らしい答えを頂いた。
ずっと気になっていた死に直面した患者への言葉がけの話をした。
すると、しばらく考えてその人は「ありがとう。あなたの事は忘れません」と言う言葉掛けが良いのではないかと言われた。
私は思いっきり頭を殴られた思いがしました。
その人は死に直面した時、自分のことを忘れて欲しくない、自分の生きた証を残したいと思うはずだと言うのです。“ありがとう。あなたの事は忘れません。”なんと心温まる言葉であろうか。
それに控え、私が父に言った頑張れは、死に直面した人に絶対に言ってはいけない言葉であった。
その後しばらくしてある座談会の席で、出演者の1人が亡き妻の思い出話をした。
その中で病院へ見舞いに来る人たちのことに触れられた。
彼は見舞客が帰り際に必ず口に出す「元気を出して頑張ってね」と言う言葉をいつも複雑な気持ちで聞いていたと言う。
妻は幼い子供のため家族のために苦しい手術を何回もした。
もうこれ以上何を頑張れと言うのかと腹立たしかったと言うのです。
おそらく父も同じ気持ちであっただろう。
ある日、いつものように見舞客が来たが入り口で躊躇している。
招き入れると、客はそっと数枚の写真を夫に手渡した。
それは妻が元気な頃、一緒に旅行に行ったときの写真です。
見舞客は妻に昔のことを思い出させては悪いのではないかと心配したのです。
夫は喜んで妻に写真を手渡した。
見舞客と病人とが笑顔で思い出話をしたのは言うまでもない。
別れ際にその人は、また来ますと声をかけたそうです。
妻と2人久々の充足感に浸ったと話されていました。
【NPO法人親子ふれあい教育研究所代表理事 藤野信行】
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