岩槻の真福寺貝塚を取り上げた「縄文期の内陸 どう製塩」という記事が、平成30年1月17日付の読売新聞朝刊で文化欄に掲載された。真福寺貝塚は、さいたま市の平成27年度「史跡 真福寺貝塚保存活用計画」にもとづき発掘調査が行われており、「最新出土品展2017」では岩槻郷土資料館でも展示が行われたことが記憶に新しい。この調査により、縄文時代後期の海から離れた内陸部での製塩方法について、示唆する発見があった。真福寺貝塚の3600年前の縄文時代後期の灰の層に、縄文の製塩遺跡からも見つかっているウズマキゴカイの焼けた殻が含まれていたことから、藻灰を用いた製塩を行っていたとみられることが分かったという。真福寺貝塚は縄文後・晩期に、1400年も人が住み続け、国の史跡に指定され重要文化財の「みみずく土偶」(岩槻駅東口にレプリカが展示されている)や漆塗りの木製品が出土している。この貝塚の調査により発信される古代の情報に接すると、当時の生活、文化、集落間の経済活動など様々な事柄に思いを巡らすことができて楽しくなってくる。【編集部・小澤】
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