戦国武将で真田氏一族と言ったら、知名度も人気もトップクラスです。真田幸村などは、今や子供でもゲームやマンガで知っています。その真田氏と我らの岩槻に、まさか繋がりがあったとは知られていないかと思います。今回紹介するのは、岩槻南部の尾ヶ崎新田です。現在、浦和美園開発により宅地開発が川を挟んだギリギリまで来ていますが、何とか昔からの田んぼが残っています。この田んぼこそが今回の重要ポイントです。尾ヶ崎新田を新田開発したのが、岩槻内に広く発展されています『真々田さん』の御先祖様です。ここで、岩槻の歴史を学ぶ会発行の『岩槻大百科』より、尾ヶ崎新田の部分を抜粋致します。
「村の開発は、本村尾ヶ崎新田の真々田家分家の真々田家(屋号七棟)の初代真々田利左衛門が開発の人である(『真々田家過去帳』)。真々田家は、旧姓を〝真田〟と称し、大坂城落城後に尾ヶ崎村付近に土着し、姓を〝真々田〟に改めたと伝えられている」
ということで、真々田さんのルーツはなんと真田氏で、尾ヶ崎新田の田んぼは真田氏が作ったとのことです。今回、真々田家の本家様にも話を伺おうと思いましたが、あまりに御繁栄なされており、自身の同級生や近所に真々田さんは多数、親や知り合い等に聞いても同様で、ついに御本家様まで辿り着けませんでした。それだけ岩槻に深く根付かれていると強く感じた次第です。長永は自身の活動で、群馬沼田の真田武将隊さんとは縁があり、昨年末のお城EXPOでもブース応援(※)に行っています。このたびの太田資正公生誕五百祭でも友好を結んでもらっており、是非とも当祭にお呼びしようと考えています。【本格格闘甲冑集団―式―・長永】
※お城EXPOでの真田ブースは、全国の真田伝承地との合同出展でした。岩槻と真田、もしかしたら我らの岩槻も新しい魅せ方が出来るのかもしれませんね。
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