おわりに
ここまで紹介したお話は、埼玉県仏教界会長を歴任された故慈恩寺住職大嶋見道師の記述を基にその他様々の文献を参考にしながらまとめたものです。
昭和十九年に南京から贈られた霊骨は、戦中疎開でさまよいながらも、仏教会似て協議の上、正式に岩槻の慈恩寺に安置されました。
のちに慈恩寺を通して台湾の日月譚と奈良・薬師寺に分骨しております。
私たちはこの事実を重く受け止め、戦後の混乱期に幾多の苦難を乗り越えて玄奘塔の建立に努力された多くの方々や︑物資の乏しい中で浄財や資材を寄進された方々の存在を忘れてはならないと思います。
般若心経を初め、現在日本で唱えられるお経の大半が玄奘三蔵法師の翻訳といいます。
この偉大な法師の霊骨塔(玄奘塔)の存在こそ、岩槻住民、埼玉県民、そして日本人にとって誇るべきものです。
この小冊子をお読みになった皆さんが玄奘塔への理解を深め、大切に守っていこうというお気持ちになってくださればと、心より願っております。
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