電車がホームに入る音。扉の開く音。出発前の音楽。歩く人たちの足音。雑踏が進むに流れるまま、僕は歩いていく。背中の荷物が隣の人にぶつからないように気をつけながら。改札を抜けて駅前の陸橋に出ると歌っている人が数人、いた。ベンチに腰掛けてギターを爪弾く人、マイクスタンドを立てて熱唱する人。さて、自分はどこでやろうか、と場所を探す。多くの場所はいらない。座るくらいあればいい。一つ離れた通路に出て、ここなら大丈夫そう。誰も歌ってないし、と背中の荷物と手に持った袋を下ろす。袋から椅子を出して、背負っていた黒いカバーから円盤状の鉄の塊のようなものを取り出す。太ももにおいて、指で弾く。ぽん、と鉄琴のような音が響く。これは、楽器に見えないけれど、楽器なのだ。指が触れた数だけ音が鳴る。音が消えないうちに新しい音を弾き出して、音を旋律へと変えていく。音階にならない部分を叩くと、かん、と甲高い音を立てる。中央の部分は一段と低い、ぽん、でも、かん、でもなく、どん、と響く。弦や木の立てる音ではなく、金属の鳴らす音は水琴のようだと言われる。仕事をしている自分、友達が知っている自分、いろんな自分がいる。時々すごく、それが窮屈になる。誰でもない、自分自身でありたいと、思う。自分を思い出すために、今日もこうして僕は路上で人知れず演奏する。ひたすら自由に。自分を思い出すように。
〜続く〜
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