白いひげをたくわえた老人がホールで交響楽を聴いている。
ピアノを流暢に弾く青年を口元に指を当て凝視していた。
「吉木君……辞めてしまうのか」
軽く、かぉ~と溜息をもらす。オーケストラは拍手と総立ちで幕を下ろした。
老人は楽団の元専属指揮者だった楠木清太郎である。時々、楽団員の激励のためにホールに通っている。
「先生、楽屋の方へご案内いたします みんな待っていますよ」
楽屋の扉が開く。
「やあやあ みんなお疲れさん 私が第一線から離れても こうして立派にやってるとは 君たち大したものだよ」
楽屋にはグラスになみなみと注がれた牛乳が楽屋の白いクロスを敷いたテーブルに並ぶ。
「岩槻シンフォニックオーケストラの繁栄を祝しかんぱ~い!」
「かんぱ~い!」
楽団員のひとりが言う。
「やれやれ毎回牛乳で乾杯とはなぁ」
「なんで牛乳なんですかね?」
「まだこれからクラリネット吹かなきゃいけないのに、口が気持ち悪くなっちゃうよ」
「シッ よせ聞こえるぞ!」
楠木は楽屋の隅でうなだれている青年を見つけ声をかけた。
「吉木君、やはり君は楽団を辞めてロックの世界に行くのかい? 残念じゃよ」
「僕は新しい冒険に出ますもう決めたんです」
吉木は牛乳を残し消えるようにひとり楽屋を去った。(つづく)
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