
『江戸名所図会 一巻』より(十軒店雛市)
二月から三月にかけて、日本全国色々なところで雛飾りの催しを開いています。
江戸時代には年の暮れから春を迎える縁起物として破魔矢から手毬、吊るし飾り、羽子板などを売る市が立っていました。
そして三月から五月にかけては「雛市」が立っていました。
「江戸名所図会」によれば日本橋の十軒店(じゅっけんだな)が一番大規模なもので、今の日本橋三越あたりから神田方面への道筋にお店を連ねていた由。
ひな人形のことは「源氏物語」のなかに幼い美しい姫たちの「ひいなの遊び」として出てきますが、その起源はご節句のひとつの三月三日に行われた「上巳の節句」と日本古来の人形信仰が結びついて、現在の雛祭りの形になったようです。
「節」とは季節の変わり目を意味し、この時健康であることを願って、邪気を払う色々な行事をしました。
中国では桃は邪気を払う力があると考えられていたことから、上巳の節句には「桃花酒」を飲む習慣があり、ここから桃の節句の言葉が生まれたのかもしれません。
私の住んでいる岩槻でも「まちかど雛めぐり」が始まっています。
人形店は勿論のこと、各商店、神社仏閣も協力して古くから伝わったお雛様を展示し、観光にこられた方を温かくお迎えしています。
ボランテイアでガイドを務めていますが、お雛様の年代、種類等は一生懸命勉強して、付け焼刃ながら何とか説明しています。
民俗資料館につとめていたとき、古民具のところに醤油絞り機があり、四歳から五歳位のお嬢さんに質問を受け、分かるようにお話をするのに苦労しました。
大豆と言ったら、な~に、と言われ、枝豆食べたことあるときいたら、あると言うので、あれとおんなじという感じで、彼女の知識に合わせて説明する事を学びました。
自分が分かっていても、他人の理解が得られなければ意味がありません。
おみやげを紹介するにも相手の気持ちになって、分かる言葉でお話をしなければ「おもてなし」になりません。
【加藤 三郎】
コメント
この記事へのトラックバックはありません。













この記事へのコメントはありません。