児玉南柯は、岩槻藩に仕え、裏小路の一角に私塾を開きました。これが後に岩槻藩の藩校「遷喬館」となり、藩士子弟の教育の場となりました。岩槻郷土資料館にはこの児玉南柯に関わる資料が多く所蔵され、一部は常設で展示を行っています。平成29年度は、さいたま市の有形文化財(歴史資料)に指定されている「児玉南柯遺品」の展示を行いました。今年度は、郷土資料館に収蔵されているそれ以外の「児玉南柯関連資料」を平成30年10月27日(土)から11月25日(日)までの約1ヶ月間、展示を行います。展示する資料は、南柯の漢詩や和歌などをはじめ、15点程です。南柯は和歌や漢詩を多く残しており、儒学者・行政官としてだけでなく、文化人としての一面も見ることができます。また今回、南柯が処理に携わった岩槻藩領の安房国南朝夷村千倉(現在の千葉県南房総市)に漂流した清国船「元順号」の船主であった「沈敬瞻」の漢詩の軸も展示します。この詩軸は2点あり、七言絶句の漢詩が書かれ、いずれも「庚子歳仲夏上浣」と記されています。このことから安永9(1779)年5月の上旬、すなわち「沈敬瞻」が南柯らによって救出され、まもなく千倉の地で書かれたものと考えられています。なお、展示期間中、郷土資料館と岩槻藩遷喬館見学によるスタンプラリーを実施します。資料館と遷喬館を見学していただき、「児玉南柯」についてさらに深く知っていただきたいと思います。
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