カテゴリー:散歩道
-
七里の細道
大宮と岩槻を結ぶ旧道へ
七里の大圓(えん)寺の山門を出て南へ歩く。
周囲は静かな住宅地。
少し行くと右手にケヤキの大木が一本立っていた。
その下には小さな地蔵があった。
間もなく県道(旧1…
-
岩槻駅東口から越谷方面のバス通りである県道48号岩槻越谷線の東武医学技術専門学校の周辺に、10年ほど前でしょうか短期間のうちに小高い残土の山ができました。
工事の残土を不法投棄で大きく積み上げたようで、一時期その残土が…
-
岩槻駅東口をまっすぐ進み、一つ目の交差点から右斜め方向へ入ると、釈迦如来を本尊として室町時代初期からの寺院である曹洞宗の芳林寺がある。
本堂は現在工事中であるが、境内へ入った右側におもしろい内容の石碑があります。
…
-
平成22年に岩槻駅前のWATSU西館から大型商業施設「SATY」が撤退。
のちに区役所が移転し、更地となった旧・区役所の跡地には岩槻公園に建設予定であった「岩槻人形会館(仮称)」が紆余曲折の経過をたどり建設されるそうだ…
-
昨年の春のことである。
見沼区を通る県道65号を車で南下していた。
東宮下の交差点を過ぎると左手にさいたま記念病院、右手に団地がある。
しばらく進むと交差点の信号が赤になったので止まった。
何となく右側を見ると道…
-
昔の道が交差している箇所や、江戸時代に村落の入り口だったと思われる場所に、今でも「庚申塔」と呼ばれる石碑や石仏が残っている。
中国から伝来した伝統的な宗教「道教」に由来する「庚申信仰」に基づき建てられたものだ。
…
-
大龍寺参道と けやき(右)
東京都北区を通る御成街道(本郷通り)に西ヶ原一里塚がある。
日本橋から二里目だ。
両塚が当時の位置にあり、昔の道幅を知ることができる。
国指定史跡だ。塚の木は榎(えのき)である…
-
さいたま市に合併前の岩槻市では、市街地の生活道路幅員の整備基準が6mとなっていたようで、家を建てる場合には既存道路の中心から3m後退したラインが道路と敷地の境界線になっていました。
しかし、さいたま市に合併した時点で、…
アーカイブ
ピックアップ記事
-
…
-
学童で働いていた私が子供との関りを綴る日々の記録です。
学童の醍醐味は遊びですが、同年齢や異年齢と…
-
「表現」
探求への道
地図のない冒険
先人たちの足跡が標
胸の中の心が未来
生命と重なり
…
-
「桃色」
次々と押し寄せる寒波が引いてきてようやく温かな陽気が感じられるようになりましたね。
今…
-
しきなみ短歌2月例会の高得点(四首)
病み上がりに 力付けんと 天ざるの
海老をいっぽん追加でた…