カテゴリー:連載・寄稿
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芋がらとは、からとり芋・ずいきの茎を干して乾燥させ、日本古来の自然食として一年中食べられている食品だ。
保存食としても重宝されている。
浦和美園地区に住む半藤武夫さんのお宅では、この時期に家の軒先にのれんのように下げ…
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私が小学生の時「学級委員」に立候補して見事に落選したことがあります。
それも投票してくれた子は三人だけ。
かなりショックを受けことをいまだに覚えています。
学校でリーダーといえば学級委員のように総合的な力を持ち、皆…
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令和二年十一月十五日「岩付城主太田資正公生誕五百年祭実行員会」が四回の企画準備会を経て二十六名で立ち上がった。
太田道灌公のひ孫である太田資正(すけまさ)公は、中世戦国時代に活躍した戦国武将の知将の一人で、後に太田三楽…
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(前回の続き)以前は、ウクレレで何を演奏するのと聞かれて『上を向いて歩こう』なんて言うと「へえ〜、ハワイアン以外も弾けるんだ」といわれたが、最近ではそのように言われることは少なくなった。
この曲を1人で弾いて歌っても楽…
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■国民の皆さんへ ~大事な命が失われる前に~
・自然災害は、決して他人ごとではありません。「あなた」や「あなたの家族」の命に関わる問題です。
・気象現象は今後更に激甚化し、いつ、どこで災害が発生してもおかしくありま…
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今回紹介する「俳額」は明治二六年八月に奉納されたものです。
「菊羽」山崎浅之丞、「新月」新井栄蔵、「静月」渋谷要蔵、「狐月」真々田貞次郎、「綾月」真々田阿具藏の五人が催主となって催された句会で読まれた一〇一句の俳句がみ…
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関ヶ原の合戦が終了した翌慶長六年(一六〇一年)徳川家康は五街道や脇往還に宿などの整備を致しました。
日光御成道は、日光道中の西側の脇往還と位置づけられ、将軍の日光への往復の社参道の宿として岩槻宿が取り立てられました。
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「ゆっくりと 一歩ずつ」
時は流れている
速く脈打つように
留まろうとするように
時は変わっ…
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『恋染紅葉』
秋が風のように過ぎていきましたが、秋風が名残惜しく、今回は秋らしい色を紹介します。
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重なり合う浮草のイメージからつくられた版画です。
夏、涼を求めるように覗いた水の中。浮草の隙間から…