カテゴリー:連載・寄稿
-
釣上地区で行われた子どもたちの土俵入り
日本の国技である相撲。岩槻にもその伝統を継ぐ行事「古式土俵入り」があり、2005(平成17)年に国の重要無形民…
-
御成街道の南辻で25年前から医療系の専門職(看護師・理学療法士・義肢装具士)を養成している人間総合科学大学岩槻キャンパス(学校法人 早稲田医療学園)で、平成30年10月30日に学園祭「Human Festival 201…
-
さいたま市では岩槻区に対して「岩槻のまちづくりアクションプラン」を作成しています。
2014(平成26)年から始まったこのプランは、第1期が2017(平成29)年度ですでに終了しており、現在進められている第2期は202…
-
現在私たちが岩槻城跡として見聞している城郭は、後北条氏時代(1567〜1590年)の遺構で、その一つが、城と町を囲んでいる土塁です。
土塁は、豊臣秀吉の小田原征伐に備えるために築造されたもので、この土塁を岩槻の人々は「…
-
地割れの様子(撮影=災害NGO 結)
平成30年9月6日に発生した「北海道胆振東部地震」では、逆断層型の揺れにより土砂崩れなどで死者41名、負傷者68…
-
-
産業用ロボット用コンピューターのエンジニアとしてヨーロッパに駐在中、ステンドグラスに魅了された若林茂人さん。
帰国後に技術を磨き、ステンドグラス作家へと転身し独立した。
東京都葛飾区に住んでいて10年ほど前に岩槻区に…
-
児玉南柯は、岩槻藩に仕え、裏小路の一角に私塾を開きました。
これが後に岩槻藩の藩校「遷喬館」となり、藩士子弟の教育の場となりました。
岩槻郷土資料館にはこの児玉南柯に関わる資料が多く所蔵され、一部は常設で展示を行って…
アーカイブ
お勧め