カテゴリー:連載・寄稿
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大正12年9月1日の関東大震災が起きた時、83歳の渋沢栄一は東京日本橋の事務所にいました。
その後事務所は火災で焼失し、貴重な徳川慶喜の資料など一切を失います。
心配した息子たちが「生家の深谷に帰るよう」に勧めると、…
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今回紹介する資料は、「岩槻市街図」です。
この市街図は、大正六年(一九一七)に実測されたもので、縮尺五千分の一となっています。
縦五九・五㎝、横四五・五㎝あり、現在は軸装となっています。
紙面の関係か東を上にして当…
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現在の行政区分はさいたま市岩槻区に属していますが、旧岩槻市は昭和二十九年(一九五四)に岩槻町、川通村、柏崎村、和土村、新和村、慈恩寺村、河合村の一町六か村が合併してできましたが行政や商業の中心は旧城下町(岩槻町)にありま…
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(ふしぎなたねから生まれた台風の芽。ポテトチップスが気に入ったようです。げんきに大きくなるかな?)
つぎの日のあさは、気温が グッと あがっていました。
おかあさんが、ベッドをでて、リビングのドアをあけると……
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今回は「平成の大合併」を振り返り、岩槻を考えてみたいと思います。
2005(平成17)年に、旧・岩槻市がさいたま市へ編入合併をしたことにより、現在のさいたま市岩槻区が誕生しました。
では、なぜ編入合併をしたのでし…
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前回は、岩付太田氏が実に広域にわたり支配領域があったというお話をしました。
それを示す様々な遺構、史跡がさいたま市を中心に残されています。
そこで今回は、岩槻区飯塚にある飯塚神社を訪ねてみました。
静かな佇まいの神…
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歴史ある岩槻人形は、江戸時代に始まった。
そして、この時期になると、立ち寄りたい人形店がある。
岩槻区宮町といえば、人形店が立ち並ぶ場所で、昔の面影そのままの風景が残っている。
そんな街中の一軒、森田人形店。
昭…
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学童で働いていた私が子供との関りを綴る日々の記録です。
学童の醍醐味は遊びですが、同年齢や異年齢と…
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「表現」
探求への道
地図のない冒険
先人たちの足跡が標
胸の中の心が未来
生命と重なり
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「桃色」
次々と押し寄せる寒波が引いてきてようやく温かな陽気が感じられるようになりましたね。
今…
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しきなみ短歌2月例会の高得点(四首)
病み上がりに 力付けんと 天ざるの
海老をいっぽん追加でた…