日頃より弊紙「らうんじ」をご愛顧いただきまして、編集部一同、心より感謝申し上げます。弊紙は岩槻やその周辺の地域情報をお届けするべく、日頃より制作をすすめております。しかし、編集部だけではなく、文章を寄稿していただくなど多くの方々に支えていただいているのもあり、これまでに気が付かなかった街の魅力や活動に、制作をすすめる中で改めてふれる機会というのも多いものです。今月号の1面では5月5日の「端午の節供」に行われた「五節供」のイベントを紹介。さらに、3面では岩槻の伝統産業である人形作りの老舗である株式会社 東玉の戸塚隆氏より、岩槻の「五節供」を世界遺産の一つ、ユネスコの無形文化遺産に登録しようという活動の紹介も含めた寄稿文をいただきました。文化庁のホームページによれば、日本における無形文化遺産の活動は2004年の「無形文化遺産の保護に関する条約」の締結からはじまったとされています。2016年現在では登録数は21件。記憶に新しいのはやはり2013年に登録されてニュースなどでも取り上げられた「和食」で、それ以降、日本ならではの食文化を国内から世界へと発信する事例がみられる一方、海外で日本食が独自の進化を遂げる事例も目立つようになりました。もう少し視野を広くして「世界遺産」と捉えると、今年の7月に福岡県宗像市の「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」が世界文化遺産として登録される見通しだという発表もありました。こちらは人々の意識の中で受け継がれる伝統や文化とは異なり、遺跡や景観など、物質的なものが対象となりますが、2017年5月現在に日本国内では世界文化遺産が17件、世界自然遺産が4件の計21件が登録されています。2013年には日本の象徴でもある富士山が世界文化遺産に登録されて話題を集め、海外でも人気のある葛飾北斎の浮世絵に使われた経緯や、日本人による山岳信仰などの文化的背景も加味されたのが登録の理由だったそうです。ただ、現在ではその景観を維持するための施策を求められるなど、登録された後の対応も課題として挙げられています。伝統や文化というものは、何よりも人びとの間で「続けられてきた」という実績があるからこそ受け継がれます。そして、富士山の事例から分かるのは、世界遺産への登録はそれ自体がゴールではなく、より長く受け継がれていくための一つの「通過点」であるということです。岩槻が「五節供」をきっかけとして日本国内における世界遺産の担い手として、海外からも認知される日が来るというのは、そう遠くないのかもしれません。そのために、ひいては日本の伝統産業でもある人形作りが受け継がれた土地だという意識持つことの大切さを、今回の「五節供」の記事を通して改めて振り返ることができました。
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