東海道五十三次羽子板展と吉田永光

押絵羽子板の制作というのは、いくつかの分業から成り立っている場合が多い。
しかし、永光は「下絵を描く仕事」、その下絵から各部品の型を起こし、切り分けた型紙の上に綿をのせ、それを生地でくるんでふくらませ半立体的な作品にし、さらにそれらの部品を組み上げる「押絵師」としての仕事、面相と上絵から小物までを描く「裏絵師」としての仕事、などの全工程を自分一人で、こなすことができた数少ない作家であった。
秋谷桜山(喜太郎)と共に、「明治時代の押絵の名人」と称されたそうである。
作品は、浅草の羽子板市には出さず、三越本店などに納めていた。
そして、御所人形や嵯峨人形も手掛けるようになり、「羽子板屋さんの押絵」や「子供玩具としての人形」から脱却し、より芸術性が高く、個性ある作品づくりを目指した。
そんな吉田永光の全容が垣間見える作品展だった。

岩槻イベント 東海道五十三次羽子板展

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

無料イラスト素材【イラストAC】

アーカイブ

お勧め記事

  1. 【す】捨てたイノチの空しさ す-「民主化していない奴は帰還させないでくれ」と、共産党の徳田球一…
  2. オーストリアのシンポジウムで人の背丈もある一木つくりのスプーンとフォークをみてびっくりした。 …
  3. 2026/8/16

    岩槻川柳会
    近詠作品より                 長寿会 声は出かいし 元気良い 遊佐 弘 免許証…
  4. 2026/8/16

    今月の短歌
    しきなみ短歌 7月例会の高点歌 カーテンを 開けた男の子に 手を振れば 笑顔がかえる 散歩の道に…
ページ上部へ戻る