武田信玄、上杉謙信、織田信長らが生死をかけて戦った戦国時代を、主に岩槻城を拠点として謙信と盟友を結び北条氏と戦い、豊臣秀吉とも通じた関東の名将です。知力や陰謀の限りを尽くしてそれぞれの勢力図拡大を図っていた時代の中で、初めて多数の伝令犬を使ったともいわれています。北条氏への対応の違いから、息子(太田氏資)にクーデターを起こされ敵対することになり、最後まで岩槻城に戻れないまま生涯を閉じました。そんなこともあってか地元の歴史には語り伝えられなかったと思われます。しかし、この時代の太田資正の戦略と武勇、波乱万丈な生涯、希望を捨てずに戦い続けた不屈の名将には、歴史好きのマニアにとって大変魅力的なようです。さいたま市は観光の目玉としても城下町岩槻を取り上げています。さいたま市になってから岩槻を太田道灌の名前を出してアピールすることが難しい中、太田道灌の曾孫にも当たる太田資正を前面に出して盛り上げたいと、市民が集まり2年前から活動を始めています。令和4年2月が太田資正生誕500年目の記念すべき年になります。この機を逃す手はないと「岩槻城主太田資正生誕500年祭」を企画する実行委員会が結成され動き出しています。弊紙4月号5Pでも書いてますが、さいたま市との協働事業として認められました。今後も関連した情報を発信していきます。一緒に参加して楽しんでみませんか。【編集部・奥山】
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