ともちゃん地蔵ってなぁに ⑦ 逃避行(その1)

佐藤千代さん:1928 年10 月3 日樺太(現サハリン)生まれ、 終戦時17 歳、三江省依蘭県 南靠屯開拓団。 写真は令和4 年NHK 残留婦人の告白より

村上米子さんらが建立した『紅梅の塔』の建立趣意には、『逃避行の生き地獄』が記されている。どんなことがあったのか実例③

男はみな兵隊にとられたから。根こそぎだからね。
若い男の人一人もいない。
残っているのは子どもと女性と年よりだけですよ。
どうして帰るのって聞いても教えてくれない。
どこへ行くかもわからない。子どもは泣くし、「泣くな!連れて行かないよ」と叱ると本当に泣かなくなってしまう。
歩けなくなった子は、くるくると毛布でつつんで草むらの所に置いてくるのよ。
歩いて歩いて、道端で女性の人がお産始まるのよ。
その情景見てられない。見ないふりをして、その親戚の人だけがそばにいて生まれた赤ちゃんを草むらに捨ててしまうの、赤ちゃんだからすてたらすぐに死んでしまう。
産み終えた女性は両脇を抱えられて、団について歩くしかないの、私はそういう人は何人も見たね。
一週間ほど歩いたところで大きな川にさしかかった。
夜を明かしたあくる日、年寄りの人たちはみないなくなってしまった。
それは、兵隊さんがその人たちを処分したねえ。
何十人かの年よりの人がいなくなったのに、聞く人もいない。
本当に死ぬ思いで渡った。あの川で何人かは死んでるよ。
やっと川を渡って2時間くらい歩いたところに、開拓団が出ていたところに着いた。
現地民にみんな持ち去られていったあとでね、窓もなければ、ドアもない、もう何も残っていない。
ただ屋根と壁だけの家だった。
私たちはそこへ入ってさ、草を刈ってきて敷いて休むことになった。
そこでは、次から次へと木の葉っぱが落ちるように、子どもたちみんな顔が青くなって亡くなっていくの。
毎日穴を掘ってその穴へ入れるの、みんな死んじゃったの、ほとんど死んじゃったの。

25年5月17日 佐藤千代さん 証言より                

【岩槻ホタルの会・新井 治】

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