浦和美園地区南部領辻に位置する緑豊かな地に見沼自然公園がある。
いかにも地区の外れを思わすような締切橋というバス停が今も健在。
その一角に中久喜さん宅があり公園を見守るように隣接されている。
庭先には苔むした存在感のある漢詩の石文があると知り見せて頂いた。
当家の十五代目中久喜光男さんは、野村の眺望と題し、見沼の地での豊作をうたったもので、「穂が実り稲の景色は水の流れのようなものであり、美しい田んぼを眺めていると限りがない」と記してある(詳細は不明)と話された。
文政元年(1818年)とあるのは、何と200余年前の石文が今ここに・・・と、改めて歴史の重みを痛感した。
眼下には見沼自然公園は広がっており、江戸時代の土木技術家だった井沢弥惣兵衛為永(やそべえためなが)の銅像が堂々とそびえている。
見沼代用水の開削や見沼干拓を手掛け新田開発をされた方を改めて知ることができた。
現在は時代の流れと共に子供たちでにぎわいを見せている公園と化している。
200年も前の人々の努力の積み重ねで今があるとの思いを巡らせたひと時でした。
皆さんも見沼自然公園で遠い昔に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。【増田啓子】
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