岩槻郷土資料館だより111

企画展
「児玉南柯・遷喬館にまつわる宝物100」2
~児玉南柯生誕二八〇年~

和歌二首 「平南柯」とあります

児玉南柯は延享三年(一七四六)の生まれといわれ、今年、生誕二八〇年を迎えます。
そこで、児玉南柯・遷喬館に関わる資料一〇〇点を集め、企画展『児玉南柯・遷喬館にまつわる宝物100~児玉南柯生誕二八〇年~』を九月一九日(土)から開催しています。
今回の展示では、岩槻郷土資料館だけでなく、遷喬館においても一部展示を行っています。

児玉南柯は、多くの和歌や漢詩を残しています。
特に和歌は「児玉南柯日記」の中に一七〇〇首程、みることができます。
それ以外にも藩士の子孫の方などがお持ちの短冊が多数あり、さらに多くの和歌がつくられ、かなりの数が残されていると考えられています。

松浦伯爵家の蔵書印

「児玉南柯日記」では「庚子暦」(安永九年:一七八〇)の中に四首みられますが、それ以降その数は増加していきます。
これは、享和元年(一八〇一)、加納久周が伏見奉行であった時、南柯はその招きに応じ、京都伏見に赴いています。
その際、芝山前中納言持豊卿から和歌を学び、本格的に修行に入ったものと考えられています。
享和以前は万葉仮名表記によるものがみられますが、それ以降は和歌本来の姿に戻り、作風の趣が大きく変わったとされています。
漢詩については、五・七言古詩、五・七言律詩、五・七言絶句が主で、四〇〇~五〇〇程見ることができます。
その詩風について、安岡正篤氏は「南柯詩集拾萃」の序の中で「その諷詠は自由闊達で、少しも窮屈な所が無い、つぶさに情致を尽くして、人の肺肝に入るものがある。
その点白楽天を偲ばせる。」と述べています。和歌に比べむしろ漢詩に南柯の真骨頂がみられるとされています。

遷喬館展示の資料は、前漢の司馬遷による歴史書「史記」の註釈書「史記評林」です。
これらの典籍には「松浦伯爵家蔵書」印があり、長崎県平戸藩主松浦家に伝わったものであることが分かります。
また「明治○年聴講」と付箋が貼られ、一部に「厚」の印が押されたものがあり、貴族院議員であり、茶道家・漢詩人でもあった「松浦厚」氏に関わるものです。
これらは藩校当時に使用していたものでないようですが、明治以降、経路は不明ですが遷喬館にもたらされたものと考えられます。

今回は、郷土資料館と遷喬館をめぐるスタンプラリーも行っています。
多くの方の来館をお待ちしています。

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